磯禅師は・人物

平安時代末期の女性。

白拍子。
静御前の母。

礒野禅尼という表記も見られる。

出身地は大和国磯野とも讃岐国小磯ともいわれる。自身も白拍子であり、『貴嶺問答』によると京の貴族の屋敷に白拍子の派遣などを行っていた。

鳥羽天皇の世に、藤原通憲がすぐれた曲を選んで、磯禅師に白い水干に鞘巻をさし、烏帽子の男装で舞わせたのが白拍子の始まりと徒然草にある。

静御前に白拍子を伝えたという。

娘の静は源義経に愛され妾となる。文治元年、義経が兄の頼朝と対立して京を落ちると静は捕らえられ、翌文治2年3月に磯禅師と静の母子は鎌倉へ送られる。

宿所に鎌倉の御家人たちが勝手に押しかけて宴会を催した時、磯禅師は舞を披露している。

静は鎌倉で義経の子を産むが、男子であったため頼朝が殺害を命じる。

静は泣き喚いて離さなかったが、磯禅師が子を取り上げて使いに渡し、子は由比ヶ浜に遺棄された。

その後、磯禅師と静は北条政子と大姫に多くの重宝を与えられ、京に帰された。
update:2010年02月19日